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「ローコスト再生への道」   Alcedo Atthis Architect Text

[序]再生民家の現状

「再生民家に住みたい」という声が増えてきている。しかし「民家に住む」と言って、「うん、民家、いいよねぇ」という賛同が得られるようになったのは、実はつい最近の事だ。民家は「暗い、寒い、不便」などを理由に、時代に切り捨てられてきた住宅である。それがここに至って注目され始めたのには3つの理由がある。
1つには価値ある資源を再利用しようという意識が市民権を得たこと。2つめは民家の形や古材の醸し出す雰囲気に新鮮な魅力が感じられるようになったこと。

メディアが取り上げるポイントも、主にこの2つにあるようだ。最近では「民家再生」を手掛ける業者も増え、自ずと再生事例も増えて、一般の人々がモデルハウスを観るような感覚で再生民家についてのイメージを抱きやすくなってきた。
そのこと自体は良いことだろう。だが、問題もある。「さぁ民家を建てるぞ!」と気負いすぎ、伝統技術の再現を主目的とするかのような家を建てる。あるいは、建築主の自力修繕割合の大きい(多くの場合は過剰なローコストを目的とした)「民家改装」。どちらも再生事例として流通し、「再生民家とはこういうものだ」というイメージを作り上げてゆく。
前者の欠点は建設費用が高くなりがちであること、後者の場合は往々にして居住性が劣ること。そして共通点は、民家という特殊性が一人歩きし、「住み手のことは忘れられがちになる」ということだ。民家住まいに夢を抱く人なら、こうした事例を前にした時、次の問いが湧き上がるのではないだろうか?
「これらのバランスの取れた民家再生はできないのか?」
答えは、もちろん「できる」。

[1]なぜ民家に住みたいのか?

実は、前記以外の3つめの理由で民家に注目する人々がこれを実践している。かれらはモデルハウス的な住宅の既成イメージに囚われない、自分自身の住まい観を抱き、それに形を与えるための素材として民家を選んでいるのだ。民家の大らかさ、合理的で単純な素材と構造はいうなれば「素人にもわかりやすい建物」ということ。家造りが産業に組み込まれ、住み手が住宅建設から締め出されて久しいが、民家ならもう一度自分達の手に「家造りを取戻す」ことができ、「住み手が主役の住まい」を造ることができるからだ。
もちろん、これは後述する「建築主によるD.I.Y.」や「ワークショップ」だけを指すのではない。施工に参加すること以上に重要なのは、「自分の住まい観をしっかり抱くこと」である。
「でも、住まい観って言われても、そんなにはっきりしたものは浮かばないなぁ。」と、思う方もあるかもしれない。それなら、逆に、こう問おう。
「あなたは、なぜ、民家に住みたいのか?」

再生民家を住まいに選んだ動機をよく考えること。これがあなたの住まい観を確認することにつながる。そしてこうした自覚が先述のバランスを取るための物差しとなるのだ。この物差しがあれば、「何が必要で、何が無駄なのか?」を判断することができる。無駄をはぶくことはローコストの王道である。無駄なコストを掛けずに、必要なところに充分コストを掛けるのが良い住宅の基本なのは言うまでもない。

[2]民家住まい実現の手順

さて、民家に住みたいあなたの動機・住まい観の確認ができたと仮定する。次のステップとしては、民家住まい実現の大まかな流れを把握する必要がある。
住宅建設というと、「最初にプランを選べばあとは自動的に出来上がる」と思っている建築主もあるようだが、こと民家(再生民家)に関してはそう生易しくはない。しかもローコスト再生を目指すのなら、なおさら手順の把握は重要である。建築主の自覚と役割は、当人が思っている以上に大きく重く苦しく、そして楽しいのだ。

ところで、建築工事には「設計施工」という工務店に直に依頼する方法もあるが、この場合は図面と現物との比較確認(いわゆる現場監理業務)を、全面的な信頼関係の下に施工業者に一任することになるのを承知しておく必要がある。
ここでは、基本的なケースとして、近年増えている移築再生が設計事務所を介して行われる場合を表2にまとめた。
この手順は単なる作業の流れというより、コストやイメージの実現そのものに関わってくるポイントである。言うまでもなく、手戻りは時間とコストの無駄を生む。自由な発想は大切だが、気紛れは現場の混乱を招きやすく、最悪の場合コスト増ともなるので気をつけたい。変更希望は必ず監理者を介して現場に伝えよう。

[3]民家に住むためのコスト

再生民家を手に入れようという時、まず始めに直面する、きわめて深刻で、どうしても避けて通れない現実的問題がある。それは実は、「民家を見つけること」なのだ。
「民家に住みたい」という情熱は人一倍、幸い資金も潤沢で、希望の地域に敷地も用意した、という人が何年経っても夢の民家住まいを実現できずにいる。一体何が障害なのかと問えば、「気に入った民家が見つからない」。そういう人は研究熱心が高じてかえって判断をつけかねているか、ただ単にタイミング(廻り合わせ)が悪い場合が多い。というのは、民家は元の持ち主から譲渡される場合がほとんどなので、手放す側の都合を基本に譲渡期限が決められているからだ。もちろん譲渡が決まれば少しぐらい待ってくれるが、はっきりしなければ悩んでいるうちに取り壊されてしまう場合もある。「そんな、もったいない」と思うのは、悲しいかな、欲しい側の言い分にすぎないのだ。現実に、私達の周りで、引き取り手と廻り合えなかった民家はそのように日毎に消えている。しかも、現存する民家の数には限りがあり、数が少なくなれば選択の余地も減ってくる。つまり、前述の「民家探し」の項で述べたような、条件云々を吟味することが難しくなってくるというわけだ。そしてこの問題はそのままコストに跳ね返ってくる。

こんな時、現在、民家を再生中の建築主Hさんの言葉が力強い。
「これだ、と思ったら、まず、決断すること。決めたらあとは目移りしない。資金と土地はその後でなんとかする。民家は同じものはないからね」。
また、再生前の状態から仕上がりをイメージできるかどうかも、決断を左右する。先述の「自分の住まい観を持つ」ことの大切さがここにもある。時には建築主の家族間で意見が割れ、夫人の猛反対を押し切って再生を決行した例もある(無事竣工した後は、「こんな風になるとは思わなかった」と賛同を得られました)。
素材となる古民家を「原石」と捉え、磨いてさまざまな魅力を引き出すことこそ再生の醍醐味だ、という姿勢も、決断を後押しするだろう。

@民家再生コストアップの3要素

さて、そうは言っても、やはり気になるのがコストである。コストが気になるのは新築も同じだが、使用材料が市場に流通する品で、周辺の事例と比較・判断がつき易い新築に比べると、古民家の場合は建物ごとの状況がかなり異なる。従って、事例はあくまで参考にしかならない。
とはいえ、「解体費用」などの、よく耳にする「再生民家に特有の要素」や、「建築基準法など制度上の要素」「設備の要素」などは共通する要因として挙げることができるので押さえておくべきだろう。多くの場合、これら3つの要素は単独でコストアップの決定的な要因を成すかのように説明される(「手間が掛かるから」「設備が高いから」というように)。しかし、いずれか1項目を削ればコストが下がる、といった単純なものでもなく、要素ごとに無駄なコストを掛けない工夫が必要だ。

1) 再生民家に特有の要素

移築再生(表T参照)の場合、民家を一端バラバラにして再生地へ運ばなければならない。そこで、建物の解体、再使用するための古材の運搬・保存と不要な部材の廃棄物処理を含む「解体移築の費用」が発生する。
さらに、古材の傷んだ箇所や再使用の可能性を判断するための調査、部材や建具が使われていた場所を記録し新たに使う場所を指示するための番付や、傷んだ部材・柱の根継ぎ・穴埋めなどの修繕のための「古材使用特有の費用」も必要である。
そして、「伝統的な仕様を再現するための費用」がある。これは、日本の木造技術を伝える伝統工法・近年再評価の高い伝統素材・匠の技を今日に伝える伝統的空間(意匠)など、経済効率優先の流れの中で失われつつあった技術に要する費用である。しかし、この「伝統的な工法・素材・空間(意匠)」が、民家が民家たる所以であるとも言えるのだから、これを、コストアップと見るか民家再生の対価とみなすのかは判断のわかれるところだろう。

2) 建築基準法など制度上の要素

伝統的な民家の多くは「建築基準法」以前から建っている。従って当然ながら、「構造」「防火」「階段」など、現在の法律に適合しない部分が存在する(表W参照)。
たとえ歴史的に実績ある民家独自の工法であっても、現在の法規に合わなければ「袴に革靴」的な処理を施さなければならず、建築主にとってはそれだけ費用負担が増える。法律しだいで「可にも」「不可にも」なる、こうした政策的な条件で再生のコストが左右される側面についても、「素人だからわからない」などと逃げ腰にならずに知っておきたい。
また「保証制度など」の融資の優遇制度からはずれやすいことも、資金面から見て不利な条件と言える。

「構造」

一口に古民家といってもすべてが匠の技を駆使しているわけではない。呆れるほど強力なものから、補強が必要と思われるものまで造り方はさまざまだ。ホールダウン金物・筋交いなどの補強処理も時として必要だが、見るからに頑丈そうな構造にも一律に適用せねばならないという頑なさはいかがなものか?と憤慨していたら、最近法律が改正され、伝統工法を合法的に実現させる道筋(注・限界耐力計算、落とし板工法・土壁・格子壁の評価)も、少しずつだが開けてきた。

「防火」

建物の用途によっては内部を不燃化し、大規模(200u以上)の場合は火災が発生した際に排煙するための窓を設けなければならない。民家は自然素材「本来燃えるもの」ばかりで出来ている。難燃・不燃化した木材もあるにはあるが価格はたいへん高い。これも法律に合わせるためのコスト増である。

「階段」

昔の民家の箱階段等には手の込んだ魅力的なものがある。しかし蹴上げ・踏み面・有効幅などは、ほとんど現在の基準に適合しない。昔から使われてきたものなのだから個人の判断に任せればよいところを、これも法規に合わせるために改造するか、新しく作り変えねばならない。階段の改造は、梁の入れ替えや補強など構造にまで影響が及ぶことがあり、当然コストにも影響する。

3)設備の要素

古民家は設備が不十分なケースが多く、再生する際には設備の整備が必要となる。再生民家に限らず、一般に住宅建設費における設備費の占める割合は、省エネ・省資源が叫ばれている半面で、なぜか増大する傾向がある。しかし、法規などに比べれば、設備費は建築主の価値観いかんで融通の効く部分であるから、コストコントロールを行ないやすい。ここは冷静且つ真剣に、検討すべき箇所である。

Aコストダウンの方法

「民家再生におけるコストアップの3要素」を順に見てきたが、これの意味するところを確認すると「再生民家住まいには、否応なくプラスアルファされるコストがある」ということになる。しかもそれは不確定要素(「解体してみないとわからない」など)を含み、そのうえ闇雲に削ると民家としての魅力を損なう危険のあるコストである。これらについてのコストダウンは専門的になるので、設計者の力を充分活かすことが得策だろう。
ここではコストダウンのポイントとして、「建築主の判断がコストを左右する4つの項目」についてまとめておきたい。

1)素材となる民家:

前述の「民家探し」の項でも述べたように、建物の規模や傷みの程度がコストを大きく左右する。しかし、迷いすぎは考えものであるのも先に述べたとおり。ではどうするか?情報収集も大事だが、民家について詳しい人間(再生経験のある建築士など)に相談し、目星をつけた物件を一緒に見てもらうと話が早い。その際、自分の希望するイメージをできるだけ相手に伝え、目の前の物件でそれが可能かどうかを考えてもらう。経験の豊富な人なら、この時点でコストを下げるための、主に構造的な提案をしてくれるだろう。その提案が著しく希望のイメージと食い違う場合はともかく、もし相手の説明に納得が行くようなら、若干の軌道修正は受け入れよう。専門家のノウハウには理由がある。それを取り入れて自分の住まいに活かそうとする前向きで柔軟な姿勢がコストダウンにつながるのだ。

2)全体計画:

一般の人がメディアを通して想像する民家のイメージと、再生民家の現実との間には意外な隔たりがある。民家には民家の良さと、限界がある。新築にはない民家の魅力を求めながら、民家に新築同様の居住性能や完成度を求めることは大きなコストアップを招く。先述の「民家を選んだ動機」を見失わずに、ポイントを絞った予算配分を心がけることが重要だ。「何が必要で、何が無駄なのか?」を常に頭において判断すること。「隣の家にはあるけれど、我が家には要らないものだ」という判断がコストダウンにつながる。

また、現代住宅のセールスポイントとなる「至れり尽くせり」の設備は、民家の魅力のひとつである「単純な力強さ(潔さ)」を半減させる恐れがある。本来自然共生型の民家に、エネルギー依存型の機械設備を過剰に組み込むことも然り。さらにそれは、まず間違いなくコストアップを招く。このことは逆に考えれば、「少々不都合があるけど、そこが面白い」というような価値観の方が、ローコスト再生に有利だということだ。

3)設計:

コストを抑えた設計の基本は「いかに素材を活かすか?」に尽きる。素材となる民家の構造に大きく変更を加えなければならないプランは、言うまでもなくコストアップを招き、しかも再生民家の魅力を損なうことになりかねない。一石二鳥ならぬ、一石二損なのだ。そこで建築主は、設計者との初期の打合せ時に自らの希望を充分伝えるとともに、実際の民家がどのような構造かを理解しておく必要がある。具体的な部屋数や配置を決める際に、構造に自然なプランを選ぶことがコストダウンにつながるからだ。

4)施工:

コストダウンというと、「知り合いに頼めば安くできるのでは?」という考え方もあるようだが、こと民家に関しては注意が必要だ。というのも、先に述べた「コストアップの3要素」にあるように、民家再生には特有のコストが掛かる。知り合いだからといって無理なコストダウン(要望はそのままで請け負い工事費だけを下げろというような)を求めると、下がったコスト以上のダメージが双方に発生しかねないからだ。

むしろ、知り合いか否かにかかわらず、必然的に掛かる費用は気持ちよく払い、コストを下げるために工夫している部分についての理解と協力を求めた方が得策である。

また、施主直営工事や分離発注工事といった、建築主が自ら業者や職人を手配して建設工事を進める方法もあるが、異なる業種を段取り良く作業させるのは想像以上に難しいので、相応の覚悟が必要である。
最近では「建築主によるD.I.Y.施工」と「ワークショップの併用」も試みられている(写真参照)。もともとローコストを目的として開始されたD.I.Y.が、次第にエスカレートし、インターネットを通じた新しい人の輪によるワークショップに発展した。結果的にはコスト効果を度外視した、「貴重な体験」としての収穫の方が多いようである。

結び

以上、「ローコスト再生への道程」として、民家住まいを実現する為の方法を簡単に辿ってきた。
最初に述べたように、「民家に住む」と言って賛同され、時には羨望のまなざしで見られるようになったのは最近の話である。一般の人々が民家の魅力を認め、みすみす壊され産業廃棄物と化す運命だったものに再び命を与えようと行動を起こす。それが大きな流れとなり、単なる再利用という以上の成果を生もうとしている。
「あなたは、なぜ、民家に住みたいのか?」
民家を住まいに選んだ動機をよく考えること。これがローコスト再生への道だと説明してきた。実は、このことはローコストか否かということ以上の意味を含んでいる。

現代日本に於いて、産業に組み込まれた家造りが住まい手から奪ってきたもの――それは「この世界に自分の居場所を占めることへの有機的な関わり」だと言える。そのように個人の存在に関わる部分が寸断された観のあるこの時代だからこそ、私達を取り巻く風土(環境)、生活する地域、現在という時間がつくりあげる「生活の場」に根差した、住まいの原型としての民家が見出され、有機的な関わりを再び持つための媒体として現代人に求められているのではないだろうか?もし、そうだとしたら、目に見える民家の魅力、古材の美しさや伝統技術の再現だけに固執するのは本質的ではないだろうし、そうした事例の「これが再生民家だ」というイメージを固定させることは、逆に民家の魅力を半減させているのかもしれない。民家は本来もっとのびやかに造られた、住み手が積極的に参加することのできる、創造性豊かな住まいである筈だからだ。 今、民家に求められていることは、実はこういうことではないだろうか?


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